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チョコチョコ動かなきゃよかったのに・・・木曽義高狭山の遺跡  

この記事については、下記のリンク先を先に読んでいただけると、物語としてつながります
木曽義孝の墓をクリックして先に読んでください。

木曽義高は、府中から、命からがら所沢を走り、入間川を渡って・・・昔にさかのぼれば、見渡す限りの荒野の中で風も雨も吹きすさぶに任せた細道を逃げたのであろう。
行く先は、いまだに祖父義賢の遺徳が残る大蔵の館か、それとも父義仲の幼時に情けをかけてくれた畠山重能の館だったか・・・・。
現代の道は、新富士見橋からくるメイン通りとやがて交叉し、さらにもう一本の横道とも交叉して六叉路をつくっているが、その右側の小さなデルタ地帯に影隠(かげかくし)地蔵というのが入間川の方向に向かって立っている。
この地蔵を地元の人は身かくし地蔵とも、かくれ地蔵とも呼んでいるが、義高がここまで逃げ延びた時、ついに鎌倉方の追っ手に発見され、急いでこの地蔵にかくれて、一旦は難を逃れることができたのだそうである。
しかし、やがて敵に囲まれて捕らわれ、堀藤次の郎党で藤内光澄というものに河原で斬殺されてしまうのである。
教育委員会の説明では、この地蔵も入間川の氾濫で移転させられたらしい。
土地の人は「義高さんも、ずっとここに隠れてりゃよかったんだよ。それがチョコチョコ動き回ったから捕まっちまうんだ。
やっぱり子供だねえ

狭山にはもうひとつの義高の遺跡がある。
入間川のほとり、本富士見橋の東側に小さな石の鳥居があり、その奥に義高を祀る清水八幡の祠がこじんまりと建っている。狭山市から指定を受けた史蹟である。
義高の非業な最期を聞いた政子と大姫が、その菩提を弔うために建立したものだそうjである。
もちろんこの社もしばしば移転して、ようやく現在の地に安住したものらしい。
影隠地蔵といい、この清水八幡といい、水のためとはいえ度重なる移転はやはり義高の運命の象徴のようである。

出典 鎌倉史話紀行 今野信雄

影隠地蔵・清水八幡については下記をクリックしてください。
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