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筌龍弁財天・・・海南神社  

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治承四年(1180)源頼朝の挙兵に際し三浦大介義明、義澄父子は当社に参詣し「神事狐合」(白と赤の狐が闘い白狐が勝った)で源平の争覇を占い、神意により源氏の再興を信じ頼朝側に荷担し、和田義盛と供に衣笠城に立てこもり、畠山重忠ら平氏の軍勢と戦いましたが落城、義盛の一党は久里浜から海路房州に逃れんとしました。
そのとき、折悪しく暴風に襲われて海上を漂流、まさに兵糧尽きなんとしたとき、龍神に祈ったところ(せん:竹で編んだ籠で水中につけておきいったん入った魚は出られなくしてある漁具)という漁具が流れ来たのでこれを用いて魚を採って飢えをしのいだとのことがあり、後に、建久三年(1192)鎌倉幕府が開府し、義盛は別当職に就任しましたがある春の一夜、筌が昇天して龍と化した夢を見て一念発起し、陣地であるこの地に筌を弁財天として祀ったのがこの筌龍弁才天の縁起とされています。
弁財天には、ニ臂弁財天(にひべんざいてん)と八臂弁財天(はっぴべんざいてん)とがありますが、この弁財天は八臂で八本の手を持ち、左手に弓、刀、斧、羂索を、右手に箭、三鈷戟、独鈷杵、輪を持ち、また琵琶を引き、大漁満足、福徳財宝、容色端正、弁智増上、芸能上達などの御神徳を叶える弁財天として変わった形の女神です。

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白浜毘沙門天・・・慈雲寺  

2013010902.jpg臨済宗円覚寺派 持陽山慈雲寺

慈雲寺毘沙門堂
三浦七福神 白浜毘沙門天
ここ持陽山慈雲寺の毘沙門堂は、応安元年(1368年)妙謙和尚によって開かれたと言われ、本尊の毘沙門天は行基の作と伝えられています。
この毘沙門天は、海中出現の像といわれ、古来から漁業者の信仰が厚く、ことに正月3日の酉(18時)の刻にはかならずありがたい示現があると信じられており、近郷近在から多数の参詣・参籠があって、あかりの祭典と言われてました。
そして智恵と勇武の守り神として崇められています。
また特に北方を守る武神とされ厄除け・恵方(その年の「えと」に基づいて、良いと決めた吉祥の方角)の神とされ、また佛の道場を守る毘沙門天で、四天王の一の多聞天とも言われています。
(三浦市)


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地図番号 ①:岩堂山 ②:慈雲寺 ③:毘沙門堂 ④:閻魔堂
最寄り駅 京急久里浜線三崎口駅
コース全歩行歩数:約3万歩

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桃の御所・・・桃林布袋尊  

2012120803.jpg紫陽山見桃寺

桃の御所建久の昔(1190年ごろ)時の将軍源頼朝は、風光のすぐれた三浦の地に3つの御所を設けました。ここ見桃寺は「桃の御所」のあったところで、鎌倉将軍がしばしば来遊したということです。
ちなみに三御所とは、「見桃寺」の他に「桜の御所」(本瑞寺)、「椿の御所」(大椿寺)があります

三浦七福神:桃林布袋尊
紫陽山見桃寺の開基は慶長18年(1613)三崎奉行所の向井兵庫頭政綱が、駿河国興津の清見寺の僧白室玄虎和尚を迎えて開山したと伝えられています。
桃林布袋尊は、当寺七代の住職桃林和尚の信仰したもので、大きな袋を背負った肥満鼓腹の温顔は古くから近郷近在の人々に親しまれかつ敬まれていました。そして不老長寿、無病息災の守護神とされています。

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金光恵比寿・・・海から現れた恵比寿さん  

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金田山円福寺

遠い昔のこと、ある夜、金田湾の海上に異様に光るものを、通りがかりの漁夫が見つけ、これを怪しんで舟を寄せて拾い上げたところ、黄金の恵比寿であったので、大漁満足の瑞非と喜び、持ち帰って草庵を建ててお祀りしました。
そして村人がこぞってお守りしたところ、一人の旅僧が現れて「この地の相を観ずるにまことに寿の海、福の田なり。海の幸を護るにこの恵比寿尊あり。よろしく五穀豊穣を司る地蔵尊を勧請すべし。
しからば、里の栄ゆることはかりなかるべし」
と、地蔵尊を恵比寿孫と併せて祀るよう村人に告げて立ち去りました。そこで村人は天文17年(1548)、鎌倉光明寺の伝設大和尚を招いて開山とし、草庵を現在の地に移して金田山円福寺にしたと伝えられます。


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鶴園福禄寿・・・妙音寺  

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花山曼荼羅妙音寺

高野山真言宗
別名:花山曼荼羅ともいい、室町時代後期には、小田原北条氏の雨乞いの祈願所として信望篤く、その後、天正年間(1580年頃)に賢栄法院により中興されたと伝えられています。
真言密教の祈祷所、また曼荼羅思想により、古来より堂宇・境内には大日如来をはじめ三浦道寸義同彫刻の秘仏、末那板不動明王(酉年開帳)や、迦陵頻伽(妙音の瑞鳥)の諸仏が祀られています。
この福禄寿は花山曼荼羅の一尊として勧請され、経巻を結んだ杖を携え、鶴を伴っているところから、鶴園福禄寿とも言われ、南極星の化身とも、中国宋の道士天南星の化身とも言われています。
なお、福徳、財宝、長寿の三徳を備えていると伝えられています。
寺域は、四季折々の花に彩られ、特に自生のやまゆりは鶴の乱舞と見まごうばかりの一大曼荼羅図絵を現出し、毎年6月下旬には弘法大師生誕祭(やまゆり祭り)を催しています。
なお、東国花の寺百ヶ寺としても知られています。


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