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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2012年11月04日
2012年11月の記事一覧

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枯れても、御神木  

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八坂神社(八幡神社
御祭神:誉田別尊 
    人皇第十五代応神天皇で、全国八幡神社の御祭神であり、源氏の氏神として特に崇敬を受けた神様である。        御神木の由来
本御神木は、以前天王ヶ谷戸部落の鎮守として奉祀されていた八坂神社(天王様)の境内にあった老樹である。
古老によると、この八坂神社は間口二間、奥行き三間、茅葺の社装で老樹四囲をおおって、神寂びた霊城であった。明治41年、当八幡神社に合祀されたときすでに枯木になって立っていたという。
こうして御神木は八坂神社の歴史を物語るように長い年月と風雪に耐え朽ちることなく、毅然とした姿で天王ヶ谷戸の丘上に高く聳えたっていた。
  樹齢600年
  樹名はビャクシン(松杉科)といわれている。

当社は正保3年(1646年)9月11日、京都男山八幡宮を勧請したと伝えられ、社殿は権現造りである。

所在地:横須賀市須軽谷町内会館
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category: 横須賀市

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鶴に導かれて・・・  

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三浦正八幡宮
祭神:誉田別尊
境内社:山神社、神明社、姥神社
例祭日:10月15日

【御神徳】
八幡宮は古来武運を守護し、健康を司り、土を愛し、稔りを扶け給う神として、崇敬最も厚く、村人その他参拝多く御神徳弥高く在ますを偲ばしむる。天文五丙申年九月十四日、時の領守北条彦九郎為昌より鎌倉鶴ヶ岡八幡宮社領として、当太田和郷を寄進せられたと鎌倉八幡宮古文書にある。

・・・・・沿革・・・・・
【勧請】
慶長十七年壬子年八月二十二日、鎌倉八幡宮を当村に分祀勧請し、小田和の真言宗安養院(今の日蓮宗本住寺)の境外地に鎮在した。
当時安養院の住僧が別当に任じ、今の宮畑と称する地が宮地であったとのことである。
【再建】
元禄四年未年十一月十五日、落成の社殿再建にあたり、村人御造営を謀りし折、十二羽の丹頂鶴が、宮の屋の棟に現れ、忽ち舞い上がりて北に進みて飛翔し、今の鶴巻田の辺りにて三度舞を巻き、更に北に進みて西の谷の小高き丘の森に舞い降りて神跡をたれたので、今の宮地に社殿は成ったとある。
【現社殿】
文久二壬戌年十月、里庄浅葉仁右衛門は、僅かの基金に多額の私財を投じて社殿を造営せられた。即ち今の社殿がそれである。
【御社号・篆額】
文久四甲子年二月、人皇第121代孝明天皇御宸等の御社号を賜る。三浦神社正八幡宮の篆額がる。

本沿革の記事は、鎌倉鶴ヶ岡八幡宮古文書、相模国風土記、浅葉家所蔵の文献、本住寺古文書により記す。

category: 横須賀市

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