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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2012年11月16日
2012年11月の記事一覧

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小春日和の大根干し  

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冬の風物詩・・・三浦海岸
海の向こうに見えるのは房総半島
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category: 箸休め

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外敵防御の第一線・・・・・引橋  

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引橋

横須賀市の衣笠城を中心にして栄えた三浦一族は、三浦義澄の孫泰村が、時の執権北条時頼と仲たがいとなり、いわゆる宝治合戦がおこり、一族は滅びましたが、義澄の弟佐原十郎義連の系統が残り、その後、盛時から八代目の時高が永享10(1438)年、新井城を油壺に構築し、本拠地を三浦に移しました。
この時高は世継ぎの問題から、養子の義同と争い、明応3年(1494)新井城で自殺するに至ったとの説がある。
三浦の城主となった義同は、当時小田原を根拠とした北条早雲の勢力と対決、平塚市伊勢原市の両市にまたがる岡崎城、逗子市小坪の住吉城と各支城で敗退、、最期は頼みを新井城に託して守りを固めました。
ここ引橋はそのときの大手、つまり外敵防御の第一線であったと言われ、谷間に橋をかけ渡し、敵が攻め寄せたとき、その橋を引いて防いだところから、引橋の地名がおきたと伝えられます。(
三浦市)


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新井城関連の記事は次の赤い文字をクリックしてください三浦一族滅亡の城

category: 三浦市

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金光恵比寿・・・海から現れた恵比寿さん  

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金田山円福寺

遠い昔のこと、ある夜、金田湾の海上に異様に光るものを、通りがかりの漁夫が見つけ、これを怪しんで舟を寄せて拾い上げたところ、黄金の恵比寿であったので、大漁満足の瑞非と喜び、持ち帰って草庵を建ててお祀りしました。
そして村人がこぞってお守りしたところ、一人の旅僧が現れて「この地の相を観ずるにまことに寿の海、福の田なり。海の幸を護るにこの恵比寿尊あり。よろしく五穀豊穣を司る地蔵尊を勧請すべし。
しからば、里の栄ゆることはかりなかるべし」
と、地蔵尊を恵比寿孫と併せて祀るよう村人に告げて立ち去りました。そこで村人は天文17年(1548)、鎌倉光明寺の伝設大和尚を招いて開山とし、草庵を現在の地に移して金田山円福寺にしたと伝えられます。


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category: 三浦七福神

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