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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2013年12月11日
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掘り出された日蓮像と入定墓・・・妙光寺  

妙光寺山門
江戸時代の終わりごろに書かれた「新編相模国風土記稿」という書物の中には「室町時代のはじめごろ、今から五百六十年位前、松岡さんのご先祖は、鎌倉松ヶ岡に住む富永三郎左衛門という。
足利持氏(第四代公方。鎌倉市大町の別願寺に供養塔がある。)に仕える武士でしたが、長く続いた戦いが嫌になって武士をやめ、名を松岡富永と変え、久野谷(現在の逗子市久木)に移り住み、百姓の暮らしをするようになりました。
そんなある日、賢信という旅の僧が訪ねてきました。信心ぶかかった富永夫妻はこの僧を厚くもてなしました。僧は久野谷や柏原、山の根、池子などの村々をお経を唱えてまわり、松岡家の裏にある岩穴の中で修行しました。
ある夜のこと、富永の夢の中に、日蓮上人という偉いお坊様があらわれて、土の中に埋まっている自分の像を掘り出してまつってくれと頼みました。
目覚めた富永は不思議に思って賢信にそのことを話すと、賢信も地中から聞こえてきたお経の声のことを話しました。
そこで声の聞こえたあたりを掘ってみると日蓮上人の小さな像が出てきました。富永はこの像をお祀りするためのお堂を建てました。
富永夫妻が亡くなった後、子の雅楽之助は、父の法名法久と母の法名妙光をとって法久山妙光寺と呼ぶ新しいお寺を松岡家の地所に建てたといわれます。
掘り出された日蓮像は今も妙光寺にまつられています。

出典 逗子子ども風土記 逗子教育研究会調査部

EQ1U9MRNUKcNEnT1386756478_1386756489.jpg本堂

KWakkUOv8IMz3YD1386756550_1386756561.jpg鐘楼

山門を入って右側の墓地に一心坊墓碑があります。
一心坊は柏原村名主関家の向う山で入定された旅の僧と伝えられます(時未詳)
医薬等の乏しい頃、病にかかった人が願をかけ、治るとお礼に酒入りの竹筒をあげたので、祠の柱にはたくさんかけられていたそうです。

C182ZwB34EvrBKn1386756596_1386756606.jpg一心坊入定墓
入定塚(墓)については下記のリンクも見てください
1.生きながら仏になった入定様
2.ここにもあった入定塚
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category: 逗子市

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