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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2013年12月14日
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東京湾内の戦争遺産・・・うみかぜ公園(横須賀市)  

第三海堡兵舎
東京湾要塞と海堡(かいほう、かいほ
江戸時代、鎖国を続けていたわが国にとって欧米列強の近海出没は脅威でした。幕府は江戸湾への敵艦侵入を警戒し、大砲を据えた台場を沿岸に建設しました。
明治に入り、大砲の威力が弱いため射程が短いという性能上の問題から、東京湾の真中に人口島を築き放題とする必要がありました。これが海堡です。
明治十四年(1881)年、観音崎(神奈川県横須賀市)と富津(千葉県富津市)を結ぶ線上に東京湾防衛の要塞(東京湾要塞)として三つの海堡建設が始まりましたが、最後に着工された第三海堡の建設は困難を極め、大正十(1921)年にようやく完成したものの、わずか二年後に発生した関東大震災で被災してしまいました。以後、徐々に沈下して暗礁化し、近くを航行する船舶の障害となりました。このため平成十二(2000)年に構造物の引き上げ撤去が始まり、大型兵舎については、横須賀市うみかぜ公園で復元されています。


大型兵舎
建設された海堡には、多くの兵士たちが交代で常時警備につくことになっていました。その兵士たちが寝食したり、休養をとったり、時には敵の攻撃から避難する場所として、兵舎が必要でした。この兵舎と考えられる構造物には、二つの居室部分と左右の砲台間を行き来するための連絡通路があります。
郷土を保つため居室部分の天井は半円形のアーチ状に、入り口はレンガで積まれています。

RiGRISde7XPu1S61387013968_1387013984.jpg第三海堡兵舎

ブログ内関連記事へのリンクです。
人口島を作った男
海堡の設置場所と運命

追記
第一海堡・・・現在は海上保安庁によって灯台が設置されている。
第ニ海堡・・・第一と同じように灯台が設置され、今後も灯台と消防演習場として存続。
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category: 横須賀市

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