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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2014年05月14日
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日本七文殊菩薩のひとつはこの寺に・・・・常楽寺(鎌倉市)  

2EEy7dm_kPRgAmw1400061248_1400061259.jpg常楽寺山門

 北条泰時が夫人の母の追福のために建てた寺で嘉禎三年(1237)の建立であろうとのことです。
この寺を建ててから五年目の仁治三年(1242)泰時は亡くなり、彼の墓は寺の裏側にあります。

北条泰時は御成敗式目を制定した。
9aZ4Qnv8SJpvw1O1400061352_1400061364.jpg北条泰時の墓

その後、寛文四年(1246)には、北条時頼が寿福寺に寓居していた大覚禅師(蘭渓道隆)をこの寺に住まわせ、禅についての教えを受けました。
そして禅師に深く帰依した時頼は建長四年(1252)に建長寺を建立し、蘭渓道隆を開山にした


文珠について
ここの文珠菩薩は蘭渓道隆がわが国にくる時、その首だけを持ってきたもので、身体のほうはここにいる間に蘭渓道隆が自分でつくったものだと言い伝えられます。
またこの文珠は日本七文珠の第三といわれます。
七文珠とは、大一が奥州永居、第二が和泉安部、第三が相模粟船(常楽寺)、第四が丹後久世渡、第五が甲斐市川、第六和泉般若寺、第七が豊後山辺の順となっている。
常楽寺文珠については、一月二十六日の文珠祭でご開帳されます


wdwuFW5Wx690GDD1400061396_1400061404.jpg色天無熱池
この池は色天無熱池と云い、蘭渓道隆につき従っていた乙護童子(これは江の島の弁財天が禅師を守護するために特につけてくれたもの)が、よくこの池で禅師の衣類を洗濯して空中に投げると、まるで物干し竿にかけたように宙にかかったと云います。
その乙護童子が白蛇となって巻き付いたと伝えられる護塔松という松があったそうです。
この松には異なった伝説もあって、それによると弁財天が禅師を慰めるために、江の島から飛来してこの松の上で琵琶を弾じたので妙音松と呼ぶのだそうです。

出典 つれづれの鎌倉 沢寿郎



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