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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2014年07月18日
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琵琶を弾く盲目の少年の物語・・・琵琶橋(鎌倉)  

鎌倉十強の一つである「琵琶橋」にまつわる物語です。
 琵琶橋(写真)と地図へリンクしています。

今は昔、鎌倉報国寺あたりに一人の少年が住んでいました。
毎夜この橋(琵琶橋)の勾爛に身をもたせて琵琶を爪弾きました。
どうもその少年は眼が悪く、一人歩きも困難なようでした、
そのためにこの少年には、いつも一人の美しい女性(にょしょう)がお供をしていました。
ある夜少年が「平家」を弾いていると、この橋のたもとに一人の老僧がいて、誰に言うともなくこういいました。
 「今、都には如一検校(けんぎょう)というえらい法師がござる。平家はこの人に限る・・・・・・・・・・・・・・・」
少年と女性は、そのかすかなつぶやきに心を驚かせて、その声の主の方を見ました。
が、薄暗い松の梢の光に、ただそれらしい影がゆれうごいただけで、いつの間にかその僧の姿は消えていました。
その明くる夜から少年も美しい女性も、この琵琶橋に見ることは出来ませんでした。
そしてこんなうわさが、この鎌倉の街に流れました。
それは或る日、その盲目の少年と美しい女性が、一人の年老いた侍と下僕をつれて、片瀬川を渡って京に上るのを見たということでした。
これは雨夜の検校といわれた明石覚一(あかしかくいち)の少年の頃の物語です。

出典 鎌倉案内 小澤 彰

この少年は、のちに検校(けんぎょう)となりました
足利尊氏の従弟で明石を領し、中年まで播州(兵庫県)書写山の僧であったが、急に失明し琵琶法師となった。彼は自分の屋敷に当道座を設立して、みずから惣検校となり、明石検校とも言われている。江戸時代まで続く検校制度を確立した。当道座は現在洛央小学校となっている。彼は琵琶の名手で、耳なし芳一のモデルと言われている。[誰?]一方(いちかた)流の流祖如一の弟子[1]、一方流中興の祖と呼ばれる。天皇・上皇・親王らのための御前演奏をおこなうことが多かった。琵琶以外にも按摩(あんま)・鍼灸(しんきゅう)の達人でもあったと伝えられている。(参考資料 Wikipedia)
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category: 鎌倉市

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