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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2014年10月08日
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川崎大師はこうして出来た・・・川崎大師  

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fMbV0hLjK6Yj5Gi1412760087_1412760097.jpg川崎大師山門

Ewlj_wW3Dp3xQyh1412760124_1412760135.jpg川崎大師本堂

川崎大師は、正確には大本山金剛山金乗院平間寺といいます。
むかし、大治二年(1137)という。
源義家の家臣平間兼乗(ひらまかねのり)は、無実の罪で尾張の国を負われ諸国を流浪していたが、いつしか川崎の海辺に住みついて漁をして暮らしていた。
兼乗は四十二歳の厄年を迎え、日夜かかさず厄除け祈願をしていた。
するとある夜、一人の僧が夢枕にたって告げた。
「われ、むかし唐(中国)に在りしとき、わが像を海上に流せしが、まだ有縁の人にめぐまれず海に沈んでいる。すみやかに網をうってわが像をあげ供養せよ。すれば汝(なんじ)の厄は変わって福となろう」
夢からさめた兼乗は、沖に出ると闇の中に不思議な光を出しているところがあった。
そこに網をうつと一体の像がかかってきた。
それは兼乗が信仰していた弘法大師の像だった。
兼乗は草庵をつくって像を安置していると、諸国行脚にきた高野山の導賢上人が立ち寄った。
兼乗は夢枕にたった僧のお告げを話し像を見せた。
導賢上人は感動して、寺をつくって安置しましょうぞと、兼乗と力を合わせて、大治三年に一寺を作った。
寺の名は兼乗の姓からとって平間寺とした。これが川崎大師のおこりであるという。
やがて兼乗は罪も晴れて尾張の国へ帰っていった。
この伝説から厄除け大師とされ、村は大師河原村となり、像が発見されたところは夜光町となっている。

出典 神奈川ふるさと風土図 萩坂 昇

vyLUozzi1yz4sZj1412760172_1412760228.jpg八角五重塔




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category: 川崎市

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