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歩けば見つかる小さな歴史 ホーム »2014年10月22日
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怨親平等・・・討ち取った首を交換  

首塚碑文より
今を距る四百四十餘年 大永六年(一五二六)十一月十二日南総の武将里見義弘鎌倉を攻略せんと欲し鶴岡八幡宮に火を放ち 府 内に乱入せるを知るや時の玉縄城主北條氏時(早雲の孫)豪士大船甘糟 渡内福原両氏と倶に里見の軍勢を此處戸部川畔に邀撃し合戦数合之を潰走せしめ鎌府を兵燹より護る この合戦に於て甘糟氏以下三十有五人は戦禍の華と散り 福原氏は傷を負ひ里見勢の死者その数を知らず 干伐収て後城主氏時彼我の首級を交易し之を葬り塚を築き塔を建て以て郷関死守の霊を慰の怨親 平等の資養と為し玉縄首塚と呼称す 経云我観一切普皆平等
 昭和四十二年八月   玉縄史蹟顕彰會建之


EmkR0aInKRwMfTF1413969398_1413969413.jpg玉縄首塚碑

olkR5MSxTU8lJDo1413969471_1413969493.jpg玉縄首塚碑六地蔵

QzK2hF1fGH2NQfC1413969525_1413969542.jpg玉縄首塚碑

pE0EhAVoQqVTpyV1413969579_1413969614.jpg首塚碑に立つ地蔵

今から四百五十年余の昔、大永六年(1526)十二月に、安房(千葉県房総)の里見氏が、軍船を連ねて海路から鎌倉に攻め込んできたので、玉縄城を守っていた北条氏時(北条早雲の孫で氏綱の弟)は、城兵をくりだして、戸部川の辺りで里見の軍を迎え撃ち激しい戦闘となりました。
この戦いで両軍とも多くの戦死者を出し、氏時方では武将甘糟某をはじめ、三十数名が敵に討たれ首を取られました。
もちろんこちら(北条方)も敵方将士の首をたくさん取ったことはいうまでもありません。
そして戦いがすんだ後氏時は里見方に申し入れて互いに討ち取った首を交換し、甘糟はじめ三十数名の首級を、戦場となった戸部川の近くに葬り、塚を築きその上に榎を植え、勇戦して斃れた将士の霊を弔った。
出典 知られざる鎌倉 沢 寿郎






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