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旅と酒を愛した若山牧水・・・横須賀市長沢  

2012123101.jpg牧水の歌碑(1)
しら鳥はかなしからずやそらの青
   海のあをにもそまずただよう
(若山牧水)

2012123102.jpg牧水の妻の歌碑(牧水歌碑の裏側)
うちけぶり鋸山も浮かぶ来と
   今日のみちしほふくらみ寄する
(若山喜志子)
2012123103.jpg牧水の歌碑(2)


海越えて鋸山はかすめども
   此処の長浜浪立ちやまず

2012123104.jpg長沢海岸から房州のこぎり山を望む

若山牧水は本名繁、明治18年8月24日宮崎県臼杵郡に生まれた。県立延岡中学校を卒業した後、早稲田大学に学び、明治45年太田喜志子と結婚した。大正2年長男旅人出生したあと、喜志子は体調が優れず医師から転地療養を勧められ、大正4年3月に長沢の川端の家(斉藤松蔵方)に移り住んだ。
風光明媚。気候温暖な当地での静かな明け暮れの中で、喜志子の健康は次第に回復し、大正5年11月には長女みさきが生まれた。
写真「牧水の歌碑(1)」の歌は明治40年12月の「新声」に発表されたものであるが、牧水はまだ23歳の学生歌人であった。
日の背面に刻まれた「鋸山の歌」は、妻喜志子が当地に住んでいる頃「海辺に移りて」と題して発表したもので、表裏合わせて「夫婦歌碑」と呼ばれている所以である。昭和28年に建立された。
牧水の歌碑(2)「海越えて」は昭和62年の建立された。
歌集「砂丘」のはじめに三浦半島と題して「病妻を伴い三浦半島に移住す、3月中旬の事なりき」と記したあとに発表した長沢海岸から房州鋸山を詠んだ歌である。
「漂泊の歌人」といわれ、旅と酒を愛した牧水は、地域の人々との温かいふれあいもあって、喜志子の日常も順調に進むようになり、大正5年12月28日東京小石川に引き上げていった。
(横須賀市)
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