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異郷の地で・・・西徳寺(2)  

江戸防備につくした会津藩士の墓

会津藩士の墓
日本の沿岸に異国船が相次いで姿を現すようになりました。
毎日のように各地から早馬が江戸城目指して駆け上がります。
民衆の心も不安に揺れ動いてきました。
文化7年(1810)2月26日、幕府は外国船の来航に備え、台場の建造を白川藩と会津藩に命じます
民衆の不安を取り除くことも狙いの一つでした。
白河藩は千葉沿岸を、会津藩は三浦半島沿岸を警備することになりました。
会津藩は走水、浦賀、城ヶ島の三ヶ所に台場を造ると同時に、浦賀の観音崎と平根山、それに三崎の北条山に陣屋を設けて外国船に備えました。
会津からはるばるとこの見知らぬ任地に大勢の武士がやってきました。
ある者は単身で、またある者は家族を引き連れて任務に就きました。
それらの人々の子弟を教育するため、三崎に集義館を、観音崎に養成館という藩の学校を建てました。
養成館には約40名の生徒がいたと記録されています。
文政3(1820)12月28日沿岸警備の任務が会津藩から浦賀奉行に移りました。
しかしその10年間に病没した藩士やその家族48名が走水の円照寺(日蓮宗)、鴨居地区の腰越墓地、能満寺(曹洞宗)や、この西徳寺(浄土宗)の墓地に葬られました。厳しい生活であったことがうかがえます。



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