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横を振り向く地蔵  

浄土宗
明星山西生院伝福寺と号し、鎌倉名越の安養院末で、開山は昌興、中興は利鶯である。
本堂は安政2年の建物で本尊は阿弥陀如来である。
堂内右側の厨子の中には三浦観音菩薩札所12番の本尊千手観音菩薩像が安置されています。
この像はもとこの近くの浜の観音堂にあったもので大正12年の大震災の折、堂宇が壊滅し、当寺に移安されたといわれています。像高38.5センチ銅造りの像で元は鍍金が施されてあったと思われますが、現在は真っ黒である。
背面左右は36手、中央の4手と合わせて40手に製作され化仏とともに別鋳である。掌は宋朝風の複雑なひだを現し、鎌倉時代の製作と思える珍しい尊像である。


境内右側には宝暦8年①造立の珍しい「百枚供養塔」が建ち、その周辺にはさまざまな石仏が古木の陰に日差しを避けて静かに眠っている。
延享5年②造立の六地蔵が建っています。その中の一基にお顔を横に振り向いた珍しい見返地蔵がある。




錫状を肩に担ぎ法衣を風になびかせやや斜めに向いた慈顔は、左側を見返して何かを語りかけているようであります。横を振り返る動作はそのときの「心」であって慈悲を現した姿であるといわれています。
これに似た像に京都永観堂の見返阿弥陀如来像があります。永観律師が東大寺に務め三年の任期を終えて帰ろうとするとき夢枕に立って「ついて行く」いわれたのがこの見返阿弥陀如来の初めだといわれています。
山門左側の地蔵堂は三浦地蔵札所第7番の本尊地蔵菩薩の半迦像が安置されている。
出典 「三浦半島の古刹めぐり」 松浦豊著

京都永観堂見返阿弥陀如来は下をクリックしてしてください
京都永観堂へ
永観堂ホームページの「寺宝一覧」のなかにあります。

 ①時代背景
•1758(宝暦8)年:京都で大義名分・尊王を説いた竹内式部が追放される(宝暦事件)。
•1762(宝暦12)年:後桜町天皇即位。
•1763年:ルソーの『民約論』ができる。
•1763(宝暦13)年:本居宣長が伊勢松坂で賀茂真淵に会い入門する。
•1764(明和1)年:関東地方を中心に助郷反対の大百姓一揆(天狗騒動)がおき、20万人あまりが参加する。
•1764(明和1)年:平賀源内が火浣布を作る。
 ②時代背景
•1744(延享1)年:天文台を江戸の神田佐久間町に設ける。
•1747(延享4)年:桃園天皇即位。


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