FC2ブログ
歩けば見つかる小さな歴史 ホーム » 三浦市 »三浦相撲の先駆者・・・錦島三太夫

[PR]ウィルス感染注意

今すぐ↓クリックして早めに予防を。 30日間無料体験できます。

楽天市場

忍者キャンペーン

三浦相撲の先駆者・・・錦島三太夫  

2013040601.jpg真ん中の黒いのが錦島三太夫の墓
錦島三太夫の墓

錦嶌三太夫
江戸時代の力士 錦嶌部屋の親方
台座下には「北浦賀道 西鎌倉道 南三崎道」とあり更に碑の両面には享和元年(1801)①四月行事役の式守長五郎や地元有志ほか三浦、鎌倉、藤沢の相撲関係者や門弟衆等に十数名の名がずらりと連なり、この墓の盛大な建立を伝えている。
錦嶌は現役当時は石ヶ浜といい、年寄となって錦嶌三太夫を襲名されている。この墓は恩ある師の錦嶌の病死に、村人たちが供養のため石塔の建立を願って、人の往来の烈しいところに道標を兼ねて建ったものである。
こうして錦嶌親方の追善相撲の興行が村社若宮神社の祭礼に奉納され、地元では年貢を上納したり角力割を拠出してはこれらの費用を充たすなど、部落ぐるみの協力が見られる。「三浦郡誌」には「例祭日十九日当日は、神事相撲あり。境内に市立ち、頗る賑う」とある。
こうして素人相撲が三浦に流行し始めたのである。
若宮神社では今も相撲行事は定着して毎年9月の祭礼の時には相撲が奉納され、民衆の中に深く溶け込んでいる。
出典 「三浦半島の史跡と伝説」 松浦豊著

この頃の時代背景
•1799(寛政11)年:蝦夷地を幕府直轄領とし、警備を強化する。
•1800(寛政12)年:伊能忠敬が蝦夷地を測量する。
•1802(享和2)年:十返舎一九の『東海道中膝栗毛』が出版される。
•1803(享和3)年:アメリカ船が長崎に来て通商を求める。
•1804(文化1)年:ロシアの使節レザノフが長崎に来て通商を求める

三浦相撲の行われる「若宮神社は、下記の赤字をクリックしてください
若宮神社
スポンサーサイト



category: 三浦市

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://sgo0213.blog.fc2.com/tb.php/205-7881b418
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

コメント・メールお待ちしています。

セブンフリーエリア

自宅で注文、お店で受け取り

セブンネット検索

フリーエリアセブン

このブログのQRコード

健康BMI

カテゴリ

貧血防止に

やわた

カラミーショップ

愛犬用のサプリメント

タニタのグッズ

早いもの勝ち

あなたの口臭大丈夫?

家族葬儀のご提案

フリーエリア

フリーエリア

カード作るなら楽天におまかせ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

メールはこちらから

▲ Pagetop