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鎌倉権五郎景政が祭神の寺・・・御霊社  

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御祭神:鎌倉権五郎景政
例祭:7月28日

当社は仁平元年(1151)六月の創建で、寛治元年(1087)の後三年の役に従った者が景政の誠忠を称し、子孫に伝えるために祀ったものといい明らかではない。
景政の事蹟(後三年記
相模国の住人鎌倉権五郎景政という者あり、先祖より聞え高きつはものなり。歳わずか16にして戦うほどに、征
矢にて右の目を射られたり。首を射抜きて兜の鉢の板に射つけられぬ。矢を折りかけて当の矢を射て敵を射とりつ。
さてのち退き帰りて兜を脱ぎ景政手負いたりとて、のけざまにふしぬ。同国のつはもの三浦の平太郎為継というもの、これも聞えたかきものなり。つらぬきをはきながら、景政の顔をふまへて矢を抜かんとす。
景政ふしながら刃を抜きて為継のくさずりをとらへて、あげざまにつかんとす。為継驚きて、こはいかになどはかくするぞという。
景政いうよう。弓箭にあたりてしするはつはものののぞむところ、いかで生きながら足にてつらをふまるることあらん。しかし汝を敵としてわれここにて死なんという。
為継舌をまけり。
膝をかがめて顔を抑えて矢を抜きつ、多くの人是を見聞賞しぬ。
とある。(他の御霊社にも同一の事跡は伝えられている。
出典 「三浦半島の仏教寺院と神社」 高木俊雄著

後三年の役の頃の時代背景
•1083(永保3)年:陸奥で清原家衡と藤原清衡の争いが起こり、源義家が清衡を助け戦う(後三年の役の始まり)。
•1086(応徳3)年:堀河天皇即位。白河上皇が院庁で政務をみる(院政の始まり)。
•1091(寛治5)年:源義家が兵を率いて入京することや諸国の百姓が義家に田畑を寄進することの禁止。
•1095(嘉保2)年:新しく北面の武士がおかれる。



狛犬 高さ70センチ 長さ60センチ 幅30センチ
   文化10葵酉歳 五月吉日


庚申塔 天保十一年丑歳正月吉日

三浦平太郎為継の墓は下記の赤字をクリックしてください
三浦三代の墓
鎌倉権五郎景政の両面地蔵へは下記の赤字をクリックしてください
鎌倉権五郎景政策と伝えられる両面地蔵



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