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神輿海上渡御は五年に一度・・・城ヶ島海南神社  

城ヶ島海南神社
明治中ごろの資料を見ると「三崎海南神社の分霊なり。元亀(1570~1572)①以前、村民は毎月3日三崎海南神社に詣りを例とする。然るに烈風暴風に際し渡航甚だ難しい故に分霊を勧請して村社と定む」と書かれており、三崎の海南神社を分霊したことがわかります。
(祭神は藤原資盈(すけみち)公、相殿に右大臣源頼朝公と楫(かじ)三郎公)
遊ヶ崎海岸(宮ヶ崎)に鎮座されていましたが、暴風で破損されて明治11年三崎を望む現在地に遷したと云われています。
明治の中ごろまで海南神社の祭礼は7月17日に行われ、船祭りの形をとり、花暮が年番の時には城ヶ島からも御座船を出し、御船唄を唄いながら神輿の海上渡御が行われていました。
この御船唄は保存会によって今も唄いつがれ祭礼などで披露されています。
現在は毎年7月17日が例祭日で神事、お神楽の奉納を行っていますが、神輿海上渡御は五年に一度7月17.18日に行っています。
城ヶ島海南神社総代

神社から三崎(三浦半島)を望む



高さ60センチ 長さ55センチ 幅25センチ
明治11年製作

①この頃の時代背景
•1568(永禄11)年:織田信長、足利義昭を奉じて入京。信長が諸国の関所を廃止する。
•1569(永禄12)年:織田信長が二条城を新築し、足利義昭の邸とする。
•1570(元亀1)年:織田信長が近江の姉川で浅井・朝倉の連合軍を破る。
•1570(元亀1)年:本願寺の顕如が挙兵し、信長と戦う。
•1570(元亀1)年:伊勢長島で一向一揆が起こる。
•1571年:スペイン人がマニラ市を建設。
•1571(元亀2)年:織田信長が比叡山延暦寺を焼き討ちする。
•1572(元亀3)年:徳川家康が三方ヶ原で武田信玄と戦い敗れる。




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