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悲運の主役三浦大介の肖像彫刻  

2013042211.jpg満昌寺本堂
三浦地蔵第3番札所
この寺は建久五年九月源頼朝の意志にもとづき三浦大介義明の追福のために創建されたと伝えられている。
また創建当時の宗派は未詳であるが、鎌倉末期に天岸彗広和尚が中興開山として入寺され、臨済宗に改宗され、建長寺の末寺になったと伝えられている。
堂内正面には本尊の釈迦如来像が、左側のガラスの中には阿弥陀如来と十二禅将が祀られ、右側には彗広上人の木造を中心にして歴代の上人の位牌が並んでいる。
仏乗禅師天岸彗広和尚は、鎌倉円覚寺の第一座で竹の寺で知られる報国寺の開山となった名僧である。
この像は建武二(1335)年に示寂したときの頂僧彫刻で像高78センチ寄木造り玉眼嵌入の像で、特に面部の個性的な風貌は写実的に製作された者であろう。
また左側客間の床の間には、義明公の所持した大刀や、元治二年銘の鰐口、板碑など陳列され、その前には義明公の木造彫刻が仮安置されている。
像高81.4センチ、寄木造り玉眼嵌入の豊かな量感を備えた衣冠束帯の姿態である。
長いあごひげを生やし気迫のこもった老武将の優れた表情は実に見事である。
この二体の肖像彫刻は歴史的にも優れた作で横須賀市の重要文化財に指定されている。

観音堂
また、本堂脇の石鳥居をくぐると三浦大介を祀る御霊神社がある。→伝三浦義明廟所(横須賀市指定史跡)
三浦義明は治承四(1180)年、源頼朝の旗揚げに呼応し、平氏と合戦し八月二十七日衣笠城で討ち死にしたと言われています。
満昌寺境内御霊神社裏手の瓦塀で囲まれているところが三浦義明の廟所と伝えられています。廟所には宝筐印塔を中心に右側に五輪塔、左側に板碑(観音種子)の三基が並び置かれています。
廟所内手前の石灯籠は江戸時代に義明の子孫が奉献したものです。
三浦氏の墓域は五輪塔を注進したものが多いのですが、伝三浦義明廟所では宝筐印塔が義明、五輪塔が妻の供養塔と考えられています。
なお、板碑に刻まれている観音経は
具一切功徳 慈眼視衆生 福聚海元量 是故応頂札」


石造り双式板碑 元応二年庚申二月日在銘
満昌寺には、伝三浦義明廟所内に立つ観音種子板碑のほかに二基の板碑が遺されています。
二基の板碑はそれぞれ阿弥陀三尊種子、釈迦三尊種子が刻まれています。
二基とも刻まれた年号は元応二(1320)年庚申二月日」であり形も似ていることから、二基で一対の双式板碑であると考えられます。
この板碑は薬王寺旧跡のやぐらにあったものですが、薬王寺が廃寺となったため、今は御霊神社内に納められています。
完全な形の板碑としては横須賀市内最古のものです。

地蔵堂

頼朝お手植えのつつじ
1194年、当山が創建され、源頼朝公は三浦義明の菩提を弔うために「つつじ」をお手植えされたものである。
永い年月により、いつの頃からかこの木の枝先に頭を入れると「頭痛持ちが治る」と言い伝えられている。

双式板碑のあった薬王寺は下記の赤字をクリックしてください
薬王寺跡

腹切の松は下記の赤字をクリックしてください
腹切の松
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category: 横須賀市

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