FC2ブログ
歩けば見つかる小さな歴史 ホーム » 横須賀市 »源氏三代に仕えた金子十郎家忠

[PR]ウィルス感染注意

今すぐ↓クリックして早めに予防を。 30日間無料体験できます。

楽天市場

忍者キャンペーン

源氏三代に仕えた金子十郎家忠  

金子十郎家忠陣屋跡碑
金子氏は、鎌倉時代武蔵野国狭山丘陵の周辺に本拠地を置いた武蔵七党の一つで、桓武天皇の流れをくむ村山氏に属していました。
入間郡金子郷(現埼玉県入間市)に居を構えた金子家範(かねこいえのり)が金子氏の祖となります。
その子金子十郎家忠公は保元の乱(1156)には源頼朝の旗揚げに畠山氏とともに、平家側として衣笠城の三浦氏と戦い、その折このあたりに陣屋を構えました。
平治の乱(1159)には平重盛を倒し、源平合戦では、義経を総大将とする一谷の合戦に、三浦介義澄、畠山重忠、和田義盛らと共に家忠も参戦したと「平家物語」(巻第九)に記されています。
金子十郎家忠公は頼朝、頼家、実朝の源氏三代に仕え、その勲功に対し幕府より多くの領地を受給しました。
「陣屋」とは大将が戦略をたて、兵士に出陣を命ずる軍営のことです。
蜻蛉(とんぼ)は村山塔、金子氏の家紋です。
出典 設置碑文より

金子十郎家忠公顕彰碑

金子十郎家忠陣屋跡石碑の由来
治承四年(1180)八月、源頼朝の源氏再興の旗揚げに、三浦半島を根拠とする三浦一族は、頼朝に味方し、軍を石橋山に進めました。ところが、途中嵐に出会い、参戦することが出来ず引き揚げる折、鎌倉にて平家方、畠山重忠の軍と合戦となりました。
戦は三浦方の勝利のまま本拠衣笠城に戻りましたが、ふたたび畠山方の攻撃を受け衣笠城の攻防が始まりました。
このとき、畠山方に加わった村山党の金子十郎家忠が、この地に陣を構え衣笠城を攻めたといわれています。
この陣屋跡は、この謂れに基づき大将十五年、金子堅太郎氏が整備したものを区画整理事業に伴い、この場所へ移設したものです。
横須賀市衣笠・太田和土地区画整理組合

金子家の家紋

金子十郎家忠公関連記事は、下記の赤字をクリックしてください<
腹切りの松
金子十郎家忠公とはどんな人か(外部リンク;「そこに城があるから」)



powered by 地図Z

スポンサーサイト



category: 横須賀市

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://sgo0213.blog.fc2.com/tb.php/276-6022d8a9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

コメント・メールお待ちしています。

セブンフリーエリア

自宅で注文、お店で受け取り

セブンネット検索

フリーエリアセブン

このブログのQRコード

健康BMI

カテゴリ

貧血防止に

やわた

カラミーショップ

愛犬用のサプリメント

タニタのグッズ

早いもの勝ち

あなたの口臭大丈夫?

家族葬儀のご提案

フリーエリア

フリーエリア

カード作るなら楽天におまかせ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

メールはこちらから

▲ Pagetop