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逗子市小坪の子育て地蔵  

子育て地蔵尊
あまり、人に知られていないこの地蔵は、今でも子育地蔵として毎月二十三日はお詣りする人が集まって供養しています。
お盆の八月二十三日はお盆の地蔵施餓鬼があって、小坪寺の住職が施餓鬼供養をして、盛大にお祭りをしています。(これについては、テレビで放映されたことがあります)
近年は慈悲深い美しいお顔を良くご拝顔できるように夜間も弱い照明を当てて、地元の人々を見守っています


地蔵堂
子育地蔵
昔、逗子市小坪の谷戸の入口に砂山といわれた、砂丘があり、この砂丘は強い西風が吹いた時、海岸の砂が吹き上げられ、吹き溜まりとなった砂丘でした。その砂山は、鎌倉六地蔵あたりが飢渇畠と言われたように、何を作ってもうまく収穫がない畑という意味です。
それに似ている砂畠と呼ばれるものがありましたが、いつのまにか、墓地となってしまいました。
鎌倉の六地蔵は、刑場の跡でしたが、小坪の砂畠は、漁師達が海上で拾い上げた仏さん(遺体)をここに葬ったり、行き倒れの不明者を葬ったりして、ついに墓地になってしまいました。
現在は自動車専用道路が通っていますが、この道はちょうど地蔵様の頭部を通過しているせいか、墓地の上のせいか、道路開通直後は事故が多発し、数人の人が亡くなっています。
(現在活躍中の有名芸能人もここで大事故にあっているようです)。
この道端にお地蔵様をおまつりしてから、事故はぴたりと止みました。

さてこの砂畠墓地に大きな石の地蔵が立っていました。人々は子育地蔵と呼んでいましたが。
昔の小坪は漁村でしたから人手がいりました。そこで農家から養子をもらって育て、船の乗り手としたのです。俗にいうもらいっ子でした。多い家では4,5人もいたそうです。
昔は子供の死亡率が大変高く、医学も進んでない無医村でした。幼い子の死は、どんなにか両親を悲しませたことでしょう。

そのような小坪の村に真鶴の石工が修業がてら、墓石を造りに来ていました。
昔、伊豆や真鶴から江戸の向って石が盛んに運ばれました。
江戸城の修理を全国の大名に割当てられて、修理した時代のことです。
小坪の沖を通った石の運搬船が時化(しけ)にあって小坪の磯によく座礁したものです。そのときの石が置去りになってしまいました。今でも、この石がたくさん海底に眠っているそうです。

その石を引き上げて真鶴の石工が造った地蔵様がこの子育地蔵ということになったのです。
またいいつたえでは磯で漁をしていた漁師の網にかかって引き上げられたものだとも伝えられています。お地蔵様の衣の凹みの部分に細かい貝殻状のものが付着しており、もしかしたら海中に暫くの間あったのではないかと推察されます。
大変大きな地蔵で、身の丈七尺あります



本文は、当寺で配布されているパンフレットから引用しました。



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