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殺したはずの女房が・・・・円照寺身代わり名号  

香水山円照寺
円照寺

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三浦市三崎町に香水山円照寺がある。
鎌倉の名越坂にあった天台宗の法満寺がその前進で、元亀三年(1572)三崎に移り替わった先が、光念寺下の「東の町」(現在の三崎1-17)である。今日でも法満町の呼び名が残っている。
御船奉行の向井将監が大阪夏の陣の際、三崎から泰平丸武器を積んで大阪に運び武功をたてた。
その凱旋祝いに法満寺へ寺領として上橋の一反三畝を寄進したのでここに移転、山号寺号を改めたのである。
開基は明願上人。頼朝の甥、義円の子(頼朝の弟乙若丸、後に義円。その子が明願)で、親鸞に教えを受けて僧となり、改宗して本寺を開いたということである。
円照寺に白水流し井戸がある(現在は所在不明)。付近の人が寺の井戸に米を砥ぎにきて、白い水が庭に咲く梅の木の下を流れたのでこの名があるという。
この由緒の円照寺に宗祖親鸞上人直筆の宝物、身代わり名号がある。即ち「帰命尽十方無碍光如来」の十字である。宮川の里にこの身代わり名号の所持の記録がある。
宮川移住民の来歴中「第四家、定国の次女みつ、老年にして御名号をもち、北の窪椎木井戸の上に住す」とあり、さらに円照寺の末寺花立山円覚寺が宮川の里にあるところから、両寺の関係と名号の出入りに深い関係があることがうかがえるのである

さて身代わり名号にまつわる話であるが
その昔宮川村の民家に名号「帰命尽十方無碍光如来」があり、この家の女房が非常に信仰深く、昼は家業である畑仕事に励み、夜は薪小屋に名号をかけて礼拝するのが日課であったという。
毎晩薪小屋に通う姿に亭主は疑念を持ち、いつか嫉妬心と変わって、一夜女房の後をつけると、小屋の中でひそひそと私語が交されている。
亭主は密夫をひそかに小屋に引き入れて媾曳しているものと思い、嫉妬に狂って家に引き返すと山刀を持って遮二無二小屋に飛び込んで女房を刺し殺してしまった。
そして刺した山刀を抜き取りもしないでよろめくように家に帰った。
すると殺したはずの女房が納戸で針仕事をしていたので亭主は恐れおののき、狐狸に化かされたのではないかと自分の目を疑った。
そこで灯火をもって薪小屋行ってみると、女房が掛けて礼拝していた名号の十字のうち「光」の文字のところに山刀が刺さったまま光っていた。亭主は自分の醜い嫉妬心を恥じ入り、女房に懺悔するとともに信心の薄いことを省みて、それから夫婦ともども名号を尊び唱えて信仰の道に入った。
これを聞いた里人は名号に参詣し、後を絶たなかったという
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出典 三浦の伝説と民話 三浦市観光協会

歩行出発地点は、京急油壺入り口バス停

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