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念仏布教に生涯を捧げた徳本上人  

徳本上人について
 徳本上人は庶民に信仰を広めるため、市井の中に入り、念仏を唱えながら民衆の教化につとめ、各地を行脚した。そして帰依者の求めに応じて「南無阿弥陀仏」の名号を書き、供養塔を建て念仏の布教に一生を捧げた念仏行者である。
 いま徳本上人の揮毫による念仏供養塔は各地にあるが、三浦半島の浄土宗の寺々だけでも二十数基ある。

 徳本上人は宝暦八年六月、和歌山県日高郡志賀谷久志村の漁師の子として生まれて、俗姓を田伏氏といった。彼は四歳のとき兄を失い、世の中に無常を感じ九歳にして出家を思い立ったという。
 しかし母が彼の願いを許さず、天明四年二十七歳のときようやく母の許しを請うて出家となった。そして翌年大滝山月正寺に於いて一日中縄床に端座し、日夜法衣を着たまま念仏を修行して苦行を続けた。
 寛政六年京都西山比叡の宗祖法然上人の旧跡を参拝し、至るところに念仏布教に勤めながら、行脚した。
 その頃増上寺典海大僧正は彼の徳を称嘆され、関東への招きを願っていたので、友僧鸞州(らんしゅう)上人が京都へ遊学されるのを機に徳本上人に伝言したところ、上人はいたく感激し東国化導を決意されたのである。
文化十一年五月十七日摂津の勝尾寺を出て京都の円通寺を訪れ、桑名・宮・島田・箱根・鎌倉と東海道を下り、神奈川を経て江戸に着き、小石川伝通院に留錫されたと伝えられる。
 そして江戸への布教も終えての帰り鎌倉に入り、葉山から浦賀そして三浦の各寺院に足を踏み入れたのは文化十二年秋も半ばの十月頃であろう。
 こうして上人は各地に散在する浄土宗の寺々を訪れ諸人に十念を授け、多くの人を集めては念仏の功徳を説き、鐘を鳴らしながら遊行し続けたのである。
 上人は文政元年十月六日、小石川一行院にて六十一歳をもって示寂したのである。

出典 「三浦半島の史跡と伝説」 松浦豊著
徳本上人関連の寺院へのリンク
光念寺へ
覚栄寺へ
西浜地蔵堂へ

龍円山福泉寺
所在地:三浦市三戸
浄土宗
宗祖:法然上人
開宗:承安五年(1175)
本尊:阿弥陀如来


rvLNtnwWVYazRx01378721756_1378721779.jpg徳本上人念仏供養碑
fWC7XEDEuUIRcjG1378721712_1378721725.jpg鐘楼
CZ2wvshKZFcK7WQ1378721665_1378721678.jpg六地蔵
wV5Dgon6pu2Aq0W1378721821_1378721871.jpg
六十六部供養碑(両脇)と「一切亡虫魚墓」(真ん中)
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category: 三浦市

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