FC2ブログ
歩けば見つかる小さな歴史 ホーム » 三浦市 »身重の愛妾が自害した川辺の里

[PR]ウィルス感染注意

今すぐ↓クリックして早めに予防を。 30日間無料体験できます。

楽天市場

忍者キャンペーン

身重の愛妾が自害した川辺の里  

なもた坂出入り口
バス停の油壺入り口から小網代に向かう途中の右側に真光院(浄土宗がある。
この寺の裏に、三崎に通じる旧道で木立に暗い上り下りの急坂があり、これを「なも田坂」という。この坂の途中には昔、名主であった高橋家があり,この高橋家の字名を「なも田」といい、この地の人たちはこの呼び方であることから、この坂を「なも田坂」と呼んでいる。
今は昔、小網代の若衆たちはこの坂を行き来するときに「三崎通いとなも田の坂は親の意見でやめられない」と大きな声で歌いながら三崎に通ったということである。
この坂を下りた奥深い渓谷は、田んぼで山すそを流れる小川には土橋がかかっている。
新編相模風土記には「土橋、小柴に架す。なも田橋といい、三浦道寸の妾自害せし所という。婦人産後に渡れば禍あり」とある。
この渓谷の流れに架る土橋には、三浦道寸の愛妾の出産の忌みの哀史を秘めた伝説が残されている。
永正の昔、北条方の軍勢に追われた三浦道寸の居城新井城(油壺マリンパークの近く)が危うくなった頃、従者を連れた道寸の側室は戦火を逃れてこの坂を下りやっとのことで渓深い小川のほとりに差し掛かると、身重であった愛妾は、この橋のたもとで出産してしまった。こうした無理な行動に子供は死産してしまった。そこで側室は悲しみを秘めて橋のたもとにその子を埋めて、手厚く葬ったあと、若き生涯をこのさびしい川辺で自害果てたということである。
こうした話のあと、この小川に架けた土橋を渡るときには、産後三十三日を過ぎないうちに女性が渡ると必ず同じお産の苦しみを味わうといわれ、また産後に亡くなった女性はあの世でも同じ苦しみに会うという俗説があって渓谷に潜ると小川の中には、白いサラシ布に「南無阿弥陀仏」と書いた小さな旗が野ざらしのまま立っていて、陰惨な中に粛々と秋風に吹きされているさまを見かけたということです。
また此処を通るときは、この白いサラシ旗に水をかけ、濡れてる間は仏が成仏できるといい伝えられ、若き女性がこの旗に川の水をかけながら「かけておくれよ川ざらし」と唱えながら拝む後姿をよく見かけたということである。
出典 「三浦半島の史跡と伝説」 松浦豊著
本文中の赤い文字をクリックすれば「真光院」にリンクしています
現在、この近辺は住宅地になっており、「なも田坂」はあるものの、川・土橋は見当たりません
mjz22jUCw87oYsh1380540898_1380540912.jpg太子像と庚申塔

A3lzml0EJWQHzPV1380540997_1380541028.jpg

mnhpW67s_HM04Yo1380540940_1380540951.jpgなも田坂

スタート・ゴールとも御崎口駅。バス利用の場合は御崎口から乗って油壺入り口下車で行けます。


powered by 地図Z

スポンサーサイト



category: 三浦市

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://sgo0213.blog.fc2.com/tb.php/425-447c1507
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

コメント・メールお待ちしています。

セブンフリーエリア

自宅で注文、お店で受け取り

セブンネット検索

フリーエリアセブン

このブログのQRコード

健康BMI

カテゴリ

貧血防止に

やわた

カラミーショップ

愛犬用のサプリメント

タニタのグッズ

早いもの勝ち

あなたの口臭大丈夫?

家族葬儀のご提案

フリーエリア

フリーエリア

カード作るなら楽天におまかせ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

メールはこちらから

▲ Pagetop