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哀れ稚児を殺すとは・・・・  

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高御蔵五明山最宝寺

この寺は高御蔵五明山と号し、浄土真宗のお寺である。
高御蔵という号から解るように、もともとこのお寺は鎌倉の高御蔵にあり、建久六年(1195)に源頼朝が宮中の高御蔵に安置してあったと伝える薬師如来を本尊とし、明光上人を招いて開いた寺であったと伝える。
この寺が野比に移ってきたのは、後北条氏の真宗弾圧の時であると言われ、それは当時最宝寺領が野比村にあったことからであるとされる。
かって本尊として祀られていたという薬師如来坐像は、寄木造り、高さ86.1センチのもので、昭和41年に神奈川県の重要文化財に指定された。

地蔵菩薩縁起
時は頼朝の伊豆配流の時代のこと、もっとも流罪と言ってもm韮山の蛭が小島に押し込まれていたわけでもなく、大体伊豆一国内くらいはほぼ自由に行動できたものらしい。そこで東伊豆きっての豪族伊東祐親のもとに赴いた。
折節、祐親は大番役として上洛中であったが、その三女八重姫との間に恋が芽生え、やがて友若丸をもうけた。
ところが任満ちて伊東に帰った祐親はこのことを知り、平家を恐れるあまり、大いに怒り無残にもこの若君を殺してしまった
20年後になっても頼朝はこのことを忘れかね、妻の政子も同情涙をしぼったが、その後、建久4年(1193)5月、夢とも現ともなく一人の気高い僧が頼朝の前に現れ「我は西方極楽浄土の阿弥陀なり。遍く衆生を救うため、仮に地蔵菩薩と姿をかえるものなり。汝の憶う友若丸は、今はなお地獄にありて日夜飢えに泣く。是を救わんと思わば、深く我を信ずべし」と言い終わるやふっと姿を消してしまった。が枕元には地蔵菩薩が二体(一体は胎内菩薩)が置かれてあった。頼朝も奇異な思いがして、さっそく小堂を造ってその像を礼拝した。
その後間もなく家臣の畠山重忠が、頼朝の代参として箱根権現に赴く途中、そこへ青い蓮にのった気品のある小児が現れ、「吾は頼朝の嫡子友若なり。幼けれども生前の重罪により、今まで地獄の責苦を受けていたが、この程地蔵大菩薩のおかげでようやく成仏しうるに至った。ついてはこの谷間にゆかり地蔵尊があるによって、これを探し求め、父上の許して供養するように」と述べ消えてしまった。重忠はおどろき付近を探すと果たして奥底に燦然たる地蔵像がましましたので、ありがたく是を頂いて、鎌倉に持ち帰りました。
頼朝も政子も感激し改めて高御蔵最宝寺境内に立派な地蔵堂を建立し厚く信奉したという。


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