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問答に勝ち真言宗から日蓮宗に・・・本住寺  

本住寺WS1DIHPSlRGd0J61384163181_1384163196.jpg木造日蓮上人坐像

横須賀市指定重要文化財
木造日蓮上人坐像
本住寺の日蓮上人坐像は、像及び畳座の銘文から、永禄十二年(1569)年、仏師法眼長勤により造立され、その後、江戸時代に三度にわたり修理されたことがわかります。法眼長勤は、室町時代後期の代表的鎌倉仏師の一人で、津久井(横須賀市)往生院の木造阿弥陀三尊像(横須賀市指定重文)の作者としても知られています。
構造はヒノキ材の寄木造で、玉眼嵌入、彩色が施されており、像高は五十一・二センチです。左手に経巻、右手に笏を持ち、上畳座n安置する通形の説法像です。
両膝上に流れる袖先が膨らみをもって反り返る形は、中世から近世への過度的な形式の一つです。彫技は伸びやかさには欠けるものの、総体に穏やかで丁寧なものとなっています。
造立年代、作者ともに明確な中世後期の肖像彫刻として、資料的価値の高い作例です。

出典 横須賀市教育委員会

u1arlph4a9PeO2x1384163225_1384163242.jpg三本塔(墓塔)

Aa0WJBm6_ECKxun1384163273_1384163287.jpg花立て

この寺は古くは真言宗の寺であったそうですが、この寺が改宗したいきさつについて次のような話が伝えられています。真言宗の時代には印行坊という僧がこの寺にいたそうですが、あるときそこへ日蓮宗の九老僧の一人であった日相上人が乗り込んできて、問答を申し込んできました。印行坊はこれをうけ論争をたたかわしましたが負け、そのため寺を明け渡したということです。
印行坊は寺を出た後、裏山にこもりここで一生を終わったと伝えられ、その山を印行坊山と呼ばれていたといわれます。問答に勝った日相は「風土記稿」によると、永享六年(1434)に没しています。
この寺で目につくのは、本堂左手に立つ高さ三メートル以上もある「三本塔」と呼ばれている墓塔です。
このうち二基は慶安二年(1649)の銘があり、他の一基には寛永十七年(1640)とあります。
いずれも江戸時代初期に建立されたもので、当時このような立派な塔を建立するにはよほどの財力がなければなしえません。
昔からこの塔の花立に溜まる水をつけるといぼや腫れ物が治ると伝えられています。

出典 横須賀こども風土記(下) 辻井善弥著

途中バスの便もありますが、ハイキングで道中を楽しみましょう


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