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親子二代で新田開発・・・墓は淋しく  

藪に包まれた墓石群
江戸時代に、入江新田(現在の三浦市初声町)を開発した山田惣左衛門の墓である。
入江新田は三浦郡誌、初声村誌等によると、古くは宮田湾の東岸の入江で、耕作の難しい汐入りの湿地帯であったという。
宝永五年(1708)惣左衛門が和田・宮田村の許可を得て着手し、惣左衛門の没後、その子儀左衛門が引き継ぎ、元文三年(1738)に三十年かかって約十五町歩(四万五千坪)の新田を完成させたという。
この墓は五三の桐を上部にあしらった墓塔の右側面に「享保十四年十一月二十七日山田惣左衛門是重 寿等五十歳」とあり、左側面には「享保五十六年二月二十日孝子山田儀左衛門是次」とある。

出典 三浦半島の史跡を訪ねて 横須賀郷土史研究会

2013112005.jpg

あまり訪れる人もいないのか、周りは草ぼうぼうである。

桐紋
桐紋(きりもん)とは、ゴマノハグサ科のキリの葉や花を図案化した家紋の総称である。桐花紋(とうかもん)とも呼ばれる。

足利幕府では小判などの貨幣に刻印され、これ以来皇室や足利幕府や豊臣政府など様々な政府が用いており、現在では日本国政府の紋章として用いられている。

古代中国で鳳凰が棲むといういわれのある桐とは、アオギリ(梧桐)である。日本で使用されている桐紋はこの伝承に倣ってのものであるが、桐紋としてデザインされているのは別種のキリ(白桐)である。

当初は菊紋章とともに皇室専用の家紋であったが、後に皇室以外の戦国大名などの諸侯も用いるようになり、皇室は専ら菊紋章のみを用いるようになった。
3本の直立する花序と3枚の葉から構成されているものが基本的図案である。花序につく花の数が3-5-3の五三桐(ごさんのきり・ごさんぎり)が一般的で、花序につく花の数が5-7-5となっているものは五七桐(ごしちのきり・ごしちぎり)という。ほかに、「乱れ桐」・「桐菱」・「光琳桐」・「桐車」など140種以上の図案がある。

参考資料 ウィキペディアより
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category: 横須賀市

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