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東の身延・・・本覚寺  

本覚寺山門

I9eiGtugtB3gv_01387444166_1387444176.jpg本堂
妙厳山本覚寺、日蓮宗
この寺は永享八年(1436)に開山、一乗坊日出(にっしゅつ)がもと天台宗の夷堂を日蓮宗に改めて創建したものである。
本堂に安置されている木造釈迦如来像及び文殊・普賢両菩薩坐像(鎌倉市文化財)は旧夷堂の本尊で、南北朝期の作である。
夷堂は文永十一年(1274)三月、日蓮が佐渡の配所から鎌倉に戻ったときしばらく滞在したところともいわれている。

P2PhGpDllkvvS9P1387444208_1387444219.jpg夷堂
写真で見える足場は、正月を迎えるための工事用足場です。
二世日朝はのちに身延山久遠山の住持になったが、その間に身延にあった日蓮の遺骨をこの寺に分骨した。それで東身延と称され本山ともなっている。
日朝に対する敬慕の念から俗に「日朝様」とも呼ばれ、また日朝が眼病を患ったとき、法華経の功徳により治癒したとの伝えから「眼病治癒の寺」として親しまれている。
oTsFlVDMon37hyS1387444302_1387444314.jpg鐘楼
この鐘楼は応永十七年(1410「)の銘があり、もと上総の木佐良津(千葉県木更津]八幡宮の鐘であったものを日出が同宮別当泉蔵寺での法論に勝ち、従者石渡新造左衛門に持ち帰らせたものとの伝えをもつ。鐘楼前の「石渡新造左衛門之碑」の裏面にその間の経緯が記されている。
OUL3MJjBJZpgtz11387444254_1387444265.jpg石渡新造左衛門之碑
写真はありませんが、仁王門は江戸時代の建物といわれ、この寺で最も古いものであるが、明治の初め他所から移築したものといわれている。
この寺が若宮大路に背を向けているのは、かって若宮大路に面して出入り口を作ることが禁止されていた名残である。妙隆寺、大巧寺も同様の名残である。
出典 深く歩く鎌倉史跡散策 神谷道倫

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