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昔は三浦郡日蓮宗の総本山  

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金谷山大明寺

山号を金谷山と称します。後嵯峨天皇の第一皇子で鎌倉幕府の六代将軍となり、後に謀反のかどで北条氏に追われた宗尊親王(1242-1274)が当地に来て、谷あいから金色の光が発する光景を見て金谷山と名づけたと言い伝えられます。
この寺の起こりは、宗祖日蓮上人が、米が浜に上陸し深田台に現存する龍本寺の地域内に三浦法華堂を建てました。
明徳3(1392)年、第六世大名坊日榮が、深田の地が狭いため、この地を選んで本堂祖師堂など二十九棟を建て金谷山大妙寺としました。
大妙寺が大明寺と呼ばれるようになったのは、江戸時代に16石の寺領を与えられましたが、、その朱印状に「大明寺」と書き誤れたことによると伝えられる。当時は三浦郡内にある日蓮宗32ヶ寺の総本山として大いに栄えたばかりでなく、江戸城に登城するときには十万石の格式を許されたといわれています。
明治19年火災に遭い、仁王門を除いて、本堂や正行坊、戒善院、了仙坊などすべてを焼失してしまいました。
現在の建物は、住職・信徒の努力により再建されたものです。
寺内の裏山には、大田道灌の子、大田資康の墓であるといわれている土まんじゅうがあります。
大田資康は、三浦同寸義同の娘を妻としていましたが、三浦氏が北条早雲に責められたとき、途中で北条氏を迎え撃って戦死しました。
永正10(1513)9月29日のことです。



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