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頬焼阿弥陀と塩嘗地蔵・・・光触寺(こうそくじ)  

光触寺本堂
岩堂山光触寺 時宗
開基は一遍知真、開山は作阿で、弘安二年(1279)の創建とする。

伝では、もと真言宗の寺であったが、作阿が一遍に帰依して時宗に改めたという。
本尊阿弥陀如来増(脇侍とともに国重)は、頬焼阿弥陀(ほほやけあみだ)として知られています。
寺蔵の「頬焼阿弥陀縁起絵巻」(国重文)によると・・・・
昔、鎌倉に町の局(つぼね)という女性がいて、仏師運慶に阿弥陀三尊を造ってもらい、持仏堂に安置していた。
この家の下部(しもべ)の万歳法師というものは大変信心深く、常に念仏を唱えていた。
あるとき盗みの疑いを持たれ、女主人の命により、頬に焼印を押されることがあったが、その夜女主人の夢枕に阿弥陀如来が現れて、汝のためにわが面に焼印を受けたとのお告げがあった。
驚いておきて確かめてみると、如来の頬に焼印のあとがあり万歳法師の頬の焼印はあとかたもなかった。
阿弥陀如来が信心深く、念仏を怠らない万歳法師の身代わりになったのである。
このことを恥じた町の局は、ひそかに仏師に阿弥陀如来の頬の修復を頼んだ。しかし二十一回修理を繰り返しても傷跡は結局は元にもどらなかった。
この傷跡を隠すのはかえって仏意に背くことになると悟った町の局は、その後は世間に公開することにしたところ、参詣者が門前市をなすありさまとなったので、比企ヶ谷に岩蔵寺を建立し、阿弥陀如来を安置した。
「縁起絵巻」の本文中にある岩蔵寺は光触寺の前身と考えられ、現在「岩蔵山」という山号にその名をとどめている。

出展 深く歩く鎌倉史跡散策 神谷道倫

TKcqeKR2FPBnHVL1393733344_1393733355.jpg一遍上人

塩嘗地蔵(しおなめじぞう
HBEij2aFBNIXTwX1393733253_1393733264.jpg塩嘗地蔵
もとは金沢街道の傍らにあり、六浦(横浜市金沢区)の塩売り商人が、鎌倉に商いに行くときに、朝のうちにここを通り、この地蔵に初穂として一つまみの塩を供えていくのが習いであった。
帰りに塩はなくなっているので、この地蔵が塩を嘗めてしまうのだろうといわれて、このような名前がつけられたのでしょう。

出展 深く歩く鎌倉史跡散歩 神谷道倫

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category: 鎌倉市

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コメント

No title

おはようございますe-53

塩嘗地蔵さん・・面白い由来があるのですね。
帰りには、塩が無くなっているのが不思議ですね。
まさか、本当にお地蔵さまが・・?!

結依 #- | URL
2014/03/04 08:55 | edit

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

# | 
2014/03/04 11:57 | edit

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