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静御前の悲劇・・・由比ヶ浜・坂の下海岸  


鎌倉大仏の長谷駅から海岸(由比ヶ浜)へ、バス停「坂の下海岸」付近での話です。
健康的で明るい風景は。歴史のかなたに忘れられた源義経の愛妾「静御前」の悲しみを秘めている。
「吾妻鏡」の文治二年(1186)閏七月の記事より
「静男子を産生(さんしょう)す。これ予州(よしゅう)の息男(そくなん)、・・・・
しかるにその父関東に背き(そむき)たてまつり。
謀叛(むほん)を企て逐電(ちくでん)す。
その子もし女子たらば、はやく母に給ふべし。男子たるにおいては。・・・未熟の時命を絶つ条(じょう)、よろしかるべきの由(よし)治定(じじょう)す。
よって今日、安達新三郎に仰(おおせ)て、由比の浦にすてしむ。
静あへてこれを出さずに、衣に纏(まと)ひて抱(いだ)き臥(ふ)し、叫喚数刻剋(きょうかんすうこく)に及ぶ間、安達しきりに譴責(けんせき)す。
磯禅師(いそのぜんし)殊に恐れ申し、赤子を押し取りて、御使いに与ふ。
このこと御台所(みだいどころ)御愁嘆、なだめ申されるいへども叶(かな)はずと。

静御前が「吾妻鏡」に登場するのは、文治元年(1185)十一月の記事
頼朝に追われ、都落ちする義経の中にその名がある。
しかし翌年吉野で捕らわれ鎌倉に連行、身籠っていた義経の子を「坂の下」海岸で殺される。
その後京へ帰されるが、翌年十九歳で往生を遂げたとされる。
生没・生い立ち不詳。
歴史の光を浴びたのも二年足らず。
すべてにはかない舞姫であった。

出典 鎌倉もののふと伝説の道を歩く 大貫昭彦

vHCENoNfcB_XaYw1394443346_1394443359.jpg坂の下バス停付近の海岸

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