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灼熱の鉄なべを被せられたお坊さん・・・妙隆寺  

妙隆寺本堂
叡昌山妙隆寺 日蓮宗
日英を開山とし、鎌倉幕府の有力御家人千葉氏の子孫、千葉胤貞(たねさだ)を開基として至徳(元中)二年(1385)に、千葉氏の邸跡に建立したと伝える。
千葉胤貞は建武三年(1336)にすでに没しているので招請開基ということになる。
第二世の日親上人は、祖師日蓮の教えを真に継承し、法難にも屈することなく「法華経」の信仰を生涯貫きとおした傑僧として知られるが、応永三十四年(1427)二十一歳の時には所願成就のため、寒百日間の激しい荒行を試み、生爪をはがした血の水で墨をすって「曼荼羅」を書いたという。
本堂前の池はその「忍力行法」の池であると伝えられる。
永享八年(1436)京都に本法寺を開いて活動の中心拠点として全国に足跡を残しているが、関東では師の日英が開いた妙隆寺を布教の拠点としたのであった。
永享十一年(1439)には、室町幕府六代将軍足利義教(よしのり)に諫曉(法華経の教えを実践し、他宗の信仰を捨てるよう諭す)して退けられ、翌年「立正治国論」を献じて再度の諫曉を企てたところ、事前に露見し捕らえられ、さまざまな拷問を受けた。
最後には灼熱した鉄鍋を被せられたが屈しなかったので、のちに「鍋かむりの日親と呼ばれたという。

出典 鎌倉史跡散策 神谷道倫

<KB9nbDNBZz2jFSJ1395123241_1395123251.jpg忍力行法の池

4ZjZqbQhnVQR8_h1395123296_1395123307.jpg鍋かむりの日親上人象




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