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宵越しの金は持たないのはこの人の事?・・・酒仙  

Kray6zRoNVP4PG91402906015_1402906027.jpg白山神社

この白山神社の入り口に自然石に刻まれた狂歌の碑があります。
z6v_UBjv75Wn0Hz1402905976_1402905988.jpg酒仙句碑
   くむ酒は是風流の眼なり
    月を見るにも花をみるにも
これを詠んだ人は、宝暦六年(1756)にここ今泉に生まれてのち、江戸でその名を知られた狂歌師天広丸(あまのひろまる)となった磯崎広吉です。「狂歌人物誌」という本によると、彼は「青年の頃江戸に来たり、四谷鮫ヶ谷に住す。井田某に就いて易を学びて出藍の名あり。」とありますから、彼は易者としても相当なものだったとおもわれます。
狂歌の道に入ったのはいつごろかはっきりしませんが、唐衣橘洲(蜀山人、朱楽菅江と並んで天明狂歌三大家といわれた人)の門に入って頭角を現し、やがて橘洲派の判者(歌の可否優劣を判定する人)の一人として知られるようになりました。
彼は別号を酔亀亭といいましたが、その別号のとおり大の酒好きで、寝てもさめても徳利を手から離さず、外出するときも必ず徳利を持って歩きながら呑んだと伝えられているくらいです。
また着物にも徳利の紋をつけていたというのですから、まさに「酒仙」と呼んで良い人だと思われます。
このような人ですから、金が入ればもちろん全部呑んでしまうので、他のことには手がまわりません。
屋根が破れ、雨が漏っても修繕が出来ないありさまでした。
あるとき広丸の家で狂歌の会がありましたが、あいにくその日は雨降りだったので、家中雨漏りだらけでした。
集まった人は仕方なくみんな家の中で傘をさしながら会をしたという話です。
広丸は生涯の中十冊以上の歌集を出しています。
広丸は文政十一年(1828)九月十五日七十三歳でなくなりました。

出典 知られざる鎌倉 沢 寿郎

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category: 鎌倉市

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