FC2ブログ
歩けば見つかる小さな歴史 ホーム » 三浦市 »三崎港内に深く沈んだ永楽銭・・・三浦市三崎港

[PR]ウィルス感染注意

今すぐ↓クリックして早めに予防を。 30日間無料体験できます。

楽天市場

忍者キャンペーン

三崎港内に深く沈んだ永楽銭・・・三浦市三崎港  

三崎港(左は城ヶ島
海外の交通熱が盛んになってきた天文十二年(1543)頃、種子島に鉄砲が伝わり、九州にはキリスト教が渡来し、ポルトガル人デゴを介して西洋文化が江戸にまで広がり始め、外国との貿易を迎える新しい時代となった。
しかし、それ以前三崎にも唐船が入港したということが「相模風土記」にある。
「応永十年八月唐船当初に着岸す。
船中永楽銭数百貫ありしを、足利義満は命じて鎌倉管領左(佐)兵督満兼に与えられる。
その頃関東に此銭流布す」とある。
また、武家盛衰記には
「抑々永楽銭日本に渡ることは、応永十年八月二日の大風にて、同三日申の刻唐船二艘、相州三崎浦へ漂着したり。
時鎌倉足利佐(左)兵督満兼下知にて、伊藤備前守義高奉行にて検儀す。船中も実験するに、明朝永楽銭数百貫あり。
此旨将軍義満へ被下。
夫より関東に此銭を用ひらるる云々」とある
わが国では銭貨の需要は十分に満たしえなかったため、中国からは多量の銭貨が輸入され、これをそのままわが国の通貨として永楽通宝として通用されていたのである。
こうした時、三崎に入港する唐船が台風のためさまよい、港に漂着し、永楽銭を積んだまま沈没したものか、大量の永楽銭が港内深く沈んでいたのが大正末期ごろ出土されている。

出典 三浦半島の史跡と伝説 松浦 豊

uSyW3YdAo5hYtBK1403770751_1403770763.jpg城ヶ島大橋

ta8qy9DRbAFPEPL1403770796_1403770810.jpg城ヶ島とをつなぐ観光連絡船

スポンサーサイト



category: 三浦市

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://sgo0213.blog.fc2.com/tb.php/611-e2d4f955
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

コメント・メールお待ちしています。

セブンフリーエリア

自宅で注文、お店で受け取り

セブンネット検索

フリーエリアセブン

このブログのQRコード

健康BMI

カテゴリ

貧血防止に

やわた

カラミーショップ

愛犬用のサプリメント

タニタのグッズ

早いもの勝ち

あなたの口臭大丈夫?

家族葬儀のご提案

フリーエリア

フリーエリア

カード作るなら楽天におまかせ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

メールはこちらから

▲ Pagetop