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江ノ電と人力車の大喧嘩  

江ノ電の開通で人力車引き手は失職の憂き目に

人家ぎりぎりを走る江ノ電

明治三十五年に江ノ電が開通する以前、藤沢から鎌倉への交通は人力車が主な交通手段だった。
引き手は周辺の農家の人たちで支えられ、農家の大切な現金収入だった。
それを奪われるというので江ノ電側と人力車側が火花を散らした。
江ノ電が開通(藤沢ー片瀬)したのは明治三十五年(1902)九月一日。
それ以前、景勝地である江の島までの人々の足の便はどうなっていたのだろうか。
当時三百台近くの人力車が活躍したという。
引き手は近隣に在住の男たちで、人力車は彼等にとって大切な現金収入の一つであった。
江ノ電が開通すれば、人力車側はたちまち困窮してしまう。
当然のように反対運動が起きたのだった。
人力車側が大挙して江ノ電の開設事務所に押しかける騒動になったといわれる。
鉄道関係者の身辺にも危険が迫ったほどだったという。
会社側は暴力で対抗しようとした。・・・・がその不毛さに気づき、流血の抗争にはならなかった。
江ノ電が開通して運転が始まると、人力車も自然と消滅していった。
江ノ電が開通したといってもしばらくは人力車と江ノ電は競合していた。
その後時代の流れとは不思議というほかはない。
交通手段として去った人力車は、現在は復活し、観光用として人気を得て鎌倉・北鎌倉駅周辺を中心に走り回っている。

出典 鎌倉なるほど事典 楠本勝治

cwMXcUiJ5gXuFxG1409816610_1409816620.jpg小町通り付近
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コメント

成田山では鉄道と旅館の争いでした

成田山でも同じようなことがありました。
こちらは佐倉から成田に線路を伸ばそうとする鉄道と
門前の旅館組合との争いです。
山門まで鉄道が通っては日帰り客ばかりで商売あがったりだと
猛反対しましたが、駅をちょっと離れた所にして参道を長くし、
鉄道による参拝客の急増と食事をする人で旅館も潤いました。

秋里 俊一 #- | URL
2014/09/05 07:20 | edit

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