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必死に鐘楼を守った蟹たち・・・医王寺(1/2)  

HgCQ5sDKxe9491Q1411023696_1411023708.jpg医王寺本堂

y89MKy3gH8W59eF1411023792_1411023804.jpg医王寺鐘楼

天台宗医王寺は川崎市川崎競馬場のちかくにある古刹である。
開山の祐長法院は、延暦二十四年(806)寂である。


昔、川崎宿久根崎の医王寺の鐘つき堂の下の池で暮らす魚、カニたちは、寺参りに来る人が下さる食べ物を分け合ってのんのんと暮らし、ときどき、池から顔をのぞかせて、寺をよけるように飛んでいく白鷺の群れを眺めて「つり鐘さまのお陰じゃ」と鐘に感謝していた。
池の魚、カニたちは空から襲ってくる鷺を恐れているが、医王寺の池には来なかった。寺の小僧さんが朝に夕に撞く鐘の響き、唸りが不気味だったのだろう。
小僧さんがやってくると、続々と蟹が現れて、「ご苦労さん、一つお願いします。」と、はさみを振って迎えていた。
ところが或る夜・・・・
寺の近くから出た火事が、風にあおられ、家を焼き払い、医王寺へ襲い掛かり山門、本堂を焼き、鐘つき堂に迫ったとき、蟹がぞくぞく、ぞくぞくとあらわれ堂をよじのぼって、あぶくを吹いて火を消そうとしていた。
それは、炎と蟹の戦いだ。
カニたちは焼かれて落ちていく。でも、負けてはいない。焼かれても焼かれてもつぎ、つぎの蟹がのぼっていった。
怖い一夜が明け太陽がのぼった。
一面の焼け野原のなかに鐘つき堂だけが残っていた。
避難していた和尚さん、小僧さんが心配そうに走ってきた。
「あ、鐘つき堂だけが・・・」
「よく、助かったなあ。本堂も山門も灰になってしもうたのに・・・」
「和尚さん、見てください。カニたちがこんなに・・・」
堂の下には何百という蟹が炎を浴びて死んでいた。
「おーおー、そうだったのか。おまえたちが守ってくれたのか。ありがとう、ありがとう」
和尚さんと小僧さんは、蟹に手を合わせお経と念仏をあげた。
池の魚が集まって聞いていた。
それから医王寺の池の蟹は、炎を浴びたように背中が赤くなったという。

出典 神奈川県の民話と伝説 萩坂 昇

8pXx8QQsA_XKScz1411023849_1411023862.jpg蟹塚
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