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子供を殺されたのを知らずに・・・・畠山重忠もまた・・・  

畠山重忠公碑
重忠の長男重保は北条時政に由比ガ浜に誘い出された殺されてしまった。
何もしらない重忠は菅谷の館(埼玉県嵐山町)を発ってこの日鎌倉へ向かっていた。武蔵国二俣河(横浜市旭区二俣川)で、北条方の大軍に遭遇しその日の朝の重保誅殺のことと目の前の軍勢は自分を討伐するためのものと聞き知らされる。
覚悟を決めた重忠は主従わずか134騎で大軍に立ち向かい、激闘数刻、ついに愛甲三郎季隆の放った矢に当たり討ち取られた。
42歳であった。
出典 深く歩く鎌倉史跡散策 神谷道倫
Gm1qWPQGAemftxM1415269575_1415269592.jpg二俣川古戦場跡
8pcIcS4FqwnnqFp1415269620_1415269635.jpgさかさ矢竹
さかさ矢竹の由来
鎌倉武士の鑑畠山重忠公は、この地で僅かの軍兵で、北条勢の大軍と戦って敗れた。
公は戦死の直前に「我が心正しかればこの矢にて枝葉を生じ繁茂せよ」と、矢箆(やの)二筋を地に突き刺した。
やがてこの矢が自然に根つき、年々二本ずつ生えて茂り続けて「さかさ矢竹」と呼ばれるようになったという。

出典 案内板 横浜旭ロータリークラブ

W7VxX0fd7Mctsig1415269664_1415269676.jpg横浜市薬王
この寺には重忠以下一族郎党134名を葬ったと伝えられる六つ塚が残されている。





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