歩けば見つかる小さな歴史 ホーム » スポンサー広告 » 川崎市 »亀の恩返し・・・宗三寺

[PR]ウィルス感染注意

今すぐ↓クリックして早めに予防を。 30日間無料体験できます。

楽天市場

忍者キャンペーン

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

亀の恩返し・・・宗三寺  


残念ながら、本堂は工事中でした。
旧東海道川崎宿沿いの、この付近は「川崎荘」と呼ばれる一つの地域単位を構成していたが、その時代荘内に勝福寺という寺院があり、弘長三年(1263)在地領主である佐々木泰綱が中心となり、五千人余りの浄財をあつめて梵鐘の鋳造が行われた。
勝福寺はその後退転したようであるが、宗三寺はその後身とみられ、戦国時代、この地を知行した間宮氏が当寺を中興している。
「江戸名所図会」に本尊釈迦如来は、「一尺ばかりの唐仏なり」とあるように、本尊はひくい肉髯、玉状の耳朶、面長な顔、腹前に下着紐を結び、大きく掩腋衣をあらわす中国風の像である。今墓地には大阪方の牢人で、元和元年(1615)川崎に土着した波多野伝右衛門一族の墓や、川崎宿貸座敷組合の建立した遊女の供養碑がある。

出典 門前の案内板(川崎市)
寺伝による亀の恩返し
寺伝では十三世紀のころ、僧領室玄統が開山した宗三寺、玄統がまだ若く、諸国修行の旅に出たとき、この地を通ったが、しきりに水を求めていた。
そのとき小さな亀が現れて、玄統を池に案内し、水を授けた。
やがて大僧正となった玄統はそのとき亀を思い出し池に行くと大亀が現れた。玄統は亀の恩に報い一堂を建てた。
これが宗三寺のはじめという。
それから月日の流れたある年のこと、この堂が多摩川の氾濫で押し流されそうになったとき、大亀が現れ濁流に向かっていった、すると濁流は不思議に亀に押されるようにひいていき、堂は難を逃れた。
だが今までどんな旱(ひでり)でも涸れたことのなかった亀のいた池は、それから水のない池となり亀もいなくなったという。

出典 神奈川の伝説 永井路子・萩坂昇・森比左志

Mujmt0wXYot8Yqs1416650178_1416650416.jpg
守護猫?の怒り





スポンサーサイト

category: 川崎市

tb: 0   cm: 0

コメント

コメントの投稿

Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://sgo0213.blog.fc2.com/tb.php/684-aa8999e3
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

コメント・メールお待ちしています。

セブンフリーエリア

自宅で注文、お店で受け取り

セブンネット検索

フリーエリアセブン

このブログのQRコード

健康BMI

カテゴリ

貧血防止に

やわた

カラミーショップ

愛犬用のサプリメント

タニタのグッズ

早いもの勝ち

あなたの口臭大丈夫?

家族葬儀のご提案

フリーエリア

フリーエリア

カード作るなら楽天におまかせ

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

メールはこちらから

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。