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貧しさゆえの悲哀  

江戸時代、久里浜は「内川入江」と呼ばれていた。
それを万治3年(1660)頃に、砂村新左衛門という人が、この入江を埋め立てて新田をつくり、それからは「内川新田」と呼ばれるようになった。
ところが新田は出来上がっても、川を治めることが出来ず、たびかさなる洪水によって堤はくずされ、土手に6万6千本の松の木を植えるなど努力を続けた。しかもせっかく完成した橋も何回となく濁流に飲み込まれてしまったので「人柱をたてた」と伝えられる。
その川は、大水のために氾濫し、せっかく作った橋もいくどとなく濁流に流されてしまうことがおおかった。
こんなことが何回となく続くと、村人の中には自然に、「これは神様のお怒りであるにちがいない。神の怒りを鎮めるために、人柱を立てては・・・」という話が出始めた。それはやがて具体化し、村でも貧しく、未婚の美しい娘のある家にむけられた。
気の毒ではあるが、「貧しい家のことだからお金で解決できるだろう」と村長たちが娘のいる家にでかけて「神様のため、村のためにもぜひ・・・・」と、両親に金子をちらつかせて申し込んだ。
両親はもちろん、本人もこの話を聞いてたいそう悲しんだが、結局、貧しい家のことでもあり、「神のため村のためなら・・・」と承知したのである。
「人柱に娘をたてれば、きっと神様は村人たちに寛大となり、願いを叶えてくれるに違いない」と喜んだ村人達はさっそく用意をはじめた。
まず、大きな箱をつくり、その中へ娘を入れると、箱の中に食べ物と鈴をいれ、ふたをしめて、橋げたの下にその箱をうめた。
それからというもの、村びとたちが橋のそばを気にしながら通ると、鈴の音が聞こえてきた。
しかし、その音も3日たち4日たちしていくと、とぎれとぎれでしだいに力なく小さな鈴の音になっていき、とうとう耳をすましても聞こえなくなってしまった。
もはや、鈴の音が聞こえなくなった橋のたもとで村びとたちは、娘が鈴の音とともに神様のもとへむかえられたのを涙ぐんだ。
それからというもの、橋の工事も順調にすすみ、夫婦橋はどんな大雨が降り続いても増水して流失することなく、いまに至っているということである。
(三浦半島の伝説 田辺悟編著)から抜粋

夫婦橋関連の記事は次の赤い字をクリックしてください・・・夫婦橋と内川新田
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