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烈女の鏡・・・小桜姫  

2012120601.jpg若宮神社((小桜姫)

eoJogF05ujo8rYz1354788338_1354788582.png小桜姫の墓のあるところ(指先付近)若宮神社から望む

若宮神社(小桜姫)の由来
若宮神社の祭神である小桜姫は、代々鎌倉幕府の重臣を勤めた名門大江家筆頭大江広信の一人娘として育った。
若宮神社という名称は、三浦の地をこよなく愛し、地元の里人たちからも慕われた子桜姫の別荘に由来している。
小桜姫が20歳の春、父広信は足利時代の武将で、相州三浦新井城主であった三浦道寸の嫡男三浦荒次郎義光をたいそう気に入り、最愛の姫を嫁がせた。
嫁いで10年あまり幸せな日々は瞬く間に過ぎ、戦国の暗雲は三浦一族にも襲い掛かった。世に言う北条早雲の三浦攻めである。
小桜姫は浜諸磯の先端の森かげに仮家を設け、腰元たちと共に身を隠していたが、対岸の城が炎に包まれるのを見て、涙ながらに夫に別れを告げたのであった。
三浦一族は新井城での3年間のすえ、武運つき滅ぼされてしまったのである。
時は将軍足利義稙の時代永正13年(1516)7月11日のことである。
城跡である現在の油壺に三浦一族の墓は建てられたが、毎日墓参する小桜姫を見るにつけ、「小桜姫様は本当に烈女の神だ。どこまでも三浦の殿様に操をたて通すとは見上げたものである」と、皆涙ぐんでその後姿を見送ったという。
落城して一年余りの後、夫を亡くしたことによる気落ちと人生の無情心からであろうか、身体が次第に衰えはじめ、ついに日々の墓参りも叶わぬようになり、34歳でこの世を去ってしまわれたのである
写真下の指マーク付近の洞窟に小桜姫の墓があるとされ、小桜姫の卒塔婆が置いてある。
現場は、荒井浜海水浴場を左に岩礁地を歩いた、がけの中腹にあり、散策される方は、岩礁地を歩くため、それようの靴を履いて歩いたほうが無難です

また、小桜姫の墓といわれる洞窟の上は新井城跡であり、その下が油壺湾である


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小桜姫の墓は下記の赤字をクリックしてください
小桜姫ここに眠る
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category: 三浦市

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